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YKギャラリーにおいて作者山口佳延による京都・大和路等のスケッチが展示されています。但し不定期。




 
 
 
 
 
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読後感想
山口佳延写生風景
絵と文 建築家・山口佳延
 

 
二 嵯峨野ー天龍寺から常寂光寺・落柿舎へ
 
 天龍寺の書出しを思案していた。ガラス戸の向うが騒がしい。鴉が数羽争っているようなけたたましい鳴声、カアーカアー狂ったように鳴叫んでいる。
 此処は東京は吉祥寺YKギャラリー。日曜日で一人だけだ。落着いて天龍寺に関する原稿を認めようとしていた矢先だった。ギャラリーの前面、四メートル程の道を挟んだ対面には、欅の大木が四五本立上がり新緑の若葉を繁らせている。
 原稿のアイデアが思ったように進まない時だった。タバコを手にし鉄扉を押開け外に出た。五月の爽やかな風が頬をなでた。
 ギャラリーの駐車場前の道路面で一羽の鴉がもう一羽の鴉の背後から嘴を突立てていた。攻撃されている鴉は必死に逃げようとするが、熊手のように張った足で抑えられ、カアーカアーと鳴叫ぶことが出来るのみだ。行交う通行人ははっとした表情で、恐る恐る鴉の戦いを遠巻きにして通り過ぎていった。
 それでも抑ええられていた鴉は攻撃をかわし、黒々とした体を重そうに二三歩跳ね飛び、空中に撓んだ電線に羽を拡げた。
 欅の大木を見上げた。五六羽の鴉が入乱れ争っている。一羽が空中に羽を広げて逃げた。それを追いかけもう一羽がカーブを描いて追った。そんな事を数回繰返していた。
 逃げた鴉は再び欅の大木に舞戻ってきた。鴉は大木の同じ枝に集中している。恐らく巣の取合いで争っているのだろう、あるいは兄弟か親子喧嘩かも知れない。
 胸のポケットからマイルドセブンを一本引抜き、ライターの青い炎に近づけた。マイルドセブンを口に銜え大きく吸込み紫煙を吐いた。そよ風に靡いた紫煙の向うに、光った物体が弾丸のように航跡を描いた。鴉の争いに驚いた雀だ。
 再びマイルドセブンを深く吸込み紫煙を吐いた。相変らず争いは続いていた。飛交う鴉の飛翔が、天龍寺書院の甍の波と重なった。
 幾つもの流れを重ね合せ、一つの流れとしたら・・・。一つの流れには、色々な方向からの支流がある。合流点でそれらは溶け合い先へと流れる。そんな筋をとれれば、と鴉の飛翔を見て思った。
 天龍寺本門を潜った。石畳の参道が先方に伸びる。曖昧な記憶では、参道の両側には塔頭が軒を連ねている、と錯覚していた。何気なく足を進めている場合には築地塀から差伸べられる樹々の枝葉に眼が奪われ、そのように思ってしまう。
 天龍寺の参道は中央にふたつの池を挟み北と南に別れ、本門と南門ふたつの参道に開く。本門を潜ることが多く、南門がどんな風であったか記憶が曖昧だ。正確には本門から天龍寺の堂宇に至る際、塔頭は右手片側に甍を並べる。
 この門に関し記憶が曖昧だったため気になっていた。平成十五年六月京都を訪れた際、天龍寺に足を向けた。梅雨入りして間もない天龍寺は霧雨の中、断続的に強い雨が落ち、行交う探索者の姿も疎らだった。本門と述べた門は傍らの板碑にー総門ーと記されていた。南門と述べた門に足を進めた。総門に比し格調高い門は柱に掛けられ、墨が掠れた板碑にー勅使門ーとあった。
 新緑の若葉に包まれた参道は明るく、爽やかな微風が通り抜ける。朝早いため人影は少なく淡い陽を浴び、萌黄色に輝いた楓葉が頼りなさそうに春風に揺れていた。穏やかな空気が流れ時間が静止しているような錯覚を憶えた。
 塔頭慈済院の門が開かれていた。門前に佇んだ。瑞々しさが溢れ真綿のようにふっくらとした楓葉が山内を埋め尽していた。若葉の切れ間から僅かに切妻型屋根が覗く。棟の続きには明り窓かあるいは風抜き窓、と思われる塔が天空に浮んでいた。
 ウエストポーチのチャックを右に引いた。小さなポケットから小スケッチブックを取りだした。それから筆ペンを引張り出し透けるように薄くなった楓葉に向けた。天龍寺での最初のスケッチは滑らかにキャンソン紙の上を走った。
 参道に戻り、慈済院の築地塀に視線を走らせた。瓦を埋込んだ築地塀の壁が茶色い土壁に銀鼠色に光っていた。
 
 三十数年振りに訪れた天龍寺、記憶に残っているその時の光景は、築地塀に横筋を描いた瓦だった。永い年月風雨に晒された築地塀、土壁は削り取られざらざらとした面を見せ、瓦の木端が湾曲した形を現していた。
 緩い弧を描いた木端は土壁より幾らか出っ張って埋込まれているため、築地塀は柔らかな影を落としいる。瓦の木端はカーブを交互にさせ築地塀を水平に走る、瓦と対を成すように陽に戯れた影が土壁に映る。部分的に土壁は深く削られ深い影を創り、穏やかな光景に断続的な空気を現していた。
 
 慈済院の築地塀には三十数年前の土壁の表情は見られない。渡月橋の畔に軒を並べた土産物店と同じく苦悩を知らない明るい表情が現れていた。
 確か石畳の参道にも瓦の木端が敷き並べてあったように憶えている。当時は荒々しい空気が参道に漂い、気のせいだろうか参道に差掛かる樹々も逞しさに溢れていた。記憶の底にあったそんな光景を頭に思い描きつつ、慈済院の築地塀をスケッチブックに走らせた。
 青葉と築地塀が織りなすハーモニーにひたっているうちに、正面に大きな切妻型の破風を現した庫裏が姿を現した。
 緩やかな石段の頂の左右には程良い高さの樹々が立上がり、参詣者の歩行により磨り減った石段に影を落す。視線は左方に流れ、辺に広々とした空間が広がっている事を感じさせる。
 樹々の差掛ける枝葉の狭間に切妻型をした破風を大きく広げ、天空を切取っていた。破風の頂部に続いた棟の中央に明り窓だろうか、高窓がのる。切妻の壁面は水平に梁が架渡され、梁を支える柱が均等間隔に立上がり梁との接点には秣が載せられる。
 梁と柱の間の漆喰が陽光を浴び満面に笑みを浮べるように白い輝きを放つ。石段と接した中央の木戸が開かれ、其処だけが薄墨色に沈んでいた。
 石段の下方から見上げているため、破風とそれに続く緑葉に包まれているような錯覚を憶えた。左脇に立つ売店の傍らに暫く佇んでいた。思い付いたように、小脇に抱えたキャンソン紙のスケッチブックを庫裏の破風に翳した。描くには程良い距離だ。翳した画面に左右に立上がった樹々が重なった。
 ウエストポーチのチャックを右に引き、筆ペンを引張り出した。切妻型の破風の頂部を画面の上方僅かに右に寄せ、キャンソン紙に筆ペンを載せた。筆ペンを一気にカーブを描いて右下方に走らせ、樹々の枝葉が繁った辺で筆を止めた。次に筆ペンを頂部から左下方に走らせ同じように緑葉で止めた。それでも枝葉の葉擦れに破風の流れが霞んでいた。
 描く間、二三人のグループが四五組、石段に足を進める姿があった。陽光を受け輝いた後姿には穏やかな空気と開放的な空気が漂っていた。色づけをするため足下の砂利にスケッチブックを置いた。ウエストポーチのからヴァンゴッホの固形絵具を取りだしスケッチブックの右上に広げた。それからウエストポーチの小ポケットのチャックを右に引き、中から二連結になった水器壺を引張り出し、固形絵具の右下に置いた。
 黄色に緑を少し加えパレット代りにしてある小さなビニールの上で混ぜた。淡い萌黄色がパレットに浮び出た。前面に張出した楓葉は透き通るように淡い。軽いタッチで萌黄色に染まった筆を滑らせた。
 「此処からいろんな人が良く絵を描いていますよ、筆で直に描いてしまうんですか」
 観光客もまだ少ない時間帯、売店の小母さんが斜め後ろから話しかけてきた。
 「ああー今日はいい天気で気持が良いですね」
 背を振返って云った。
 「随分速く描いてしまうんですね」
 「誰にも迷惑をかけるわけでもないし・・・気楽に描いているだけですよ」
 筆を走らせながら小母さんと話していた。描く間、小母さんは背から画面を覗き込んでいた。通りがかりの観光客が時折、画面を覗き二人に視線を走らせていた。
 スケッチブックを小脇に抱え石段に足を進めた。近付くにつれ庫裏の破風は大きく羽ばたいていた。玄関に足を踏み入れた。外部からは薄墨色に染まって見えたが、玄関内部は思ったより明るい空気が漂っていた。
 受付を済ませ広々と開けた吹抜けを見上げた。大きな梁が空中に飛交い、柱とのコントラストにダイナミックな印象を憶えた。視線の先、空中に疾風の如く過ぎるものがあった。スリムな体に輝きを裡に秘めた羽を持った燕であった。
 空中に架渡された梁の側面に未完成の巣が張付いていた。飛行物体は薄茶色をした作りかけの巣に掴まり、忙しげに嘴で未完の巣を突いていた。人が見ていても飛びさる事もない。その光景は眼と鼻の先であるため様子が手に取るように分かる。暫くその様子を眺めて春を思い頬が綻んだ。
 天龍寺方丈の広縁に立った。眼前には、広々と開けた光景が展開する。手前には曹源池が横たわり、池の汀に大小の石が配されている。対岸はこんもりとした樹々の枝葉で包まれ、時折忘れたように楓木が水面に枝葉を張出していた。
 晩秋に訪れた際には、池の汀に立上がった、何の樹だろうか橙色に染まった枝葉が楓木の紅色になった枝葉に溶け込んでいた。晩秋とはいえまだ緑がかなり残り、紅色に戯れる楓葉の背に連なっていた。
 そんな光景に見取れていた。樹幹の透間が揺れている。眼を凝らしてみた、庭を散策する人達である。人影は自然の一要素として樹幹に溶け込んでいる。その姿は注意して見なければ気が付かない。
 
 天龍寺はもと亀山離宮であった。南北朝時代吉野で崩御された後醍醐天皇の霊を慰めるため、足利尊氏が夢窓国師を開山とし禅寺としたのが草創である。後醍醐天皇は幼少の頃、亀山離宮で過した、といわれる。足利尊氏は南北朝の争乱で死んだ者の霊を敵味方の区別なく天龍寺に祀ったという。
 眼前に繰り広がる池泉回遊式庭園は開山夢窓国師の作庭になる。樹間に溶け込んだ人影を見、回遊して終りのない宇宙が浮んだ。
 回遊式庭園は自然を眺めやる眼、自然に埋没した樹間から人工的な堂宇を眺めやる眼、両極にあるふたつの視点から事象を捉える庭園である。方丈の広縁から見える樹間の人影は、自然の一部そのものである感慨を憶えた。
 こんもりとした樹々の枝葉の向うに嵐山が姿を現していたかどうか、記憶が曖昧になり判然としない。なだらかな山並が眼に浮ぶのだがそれは虚構の世界だったのかも知れない。以後、天龍寺には二三回訪れた、けれども曖昧なのである。自らの脳細胞のキャパシティーを越えてしまったのだろうか。
 総門と勅使門の所在を確認に訪れた際、人気のない方丈に座した。広縁の柱、梁を額縁にし断続的に降続く雨脚が白い筋を引く。透明な簾の向うに、たっぷりと水分を吸込んだ山端が梅雨空に煙っていた。間違いなくなだらかな山端を描くのは嵐山だった。曹源池の周りに立上がる樹々の枝葉は頭を垂れ、梅雨空に沈みエネルギーを内部に蓄えているような印象を憶えた。
 中学生の頃、天龍寺船という名を聴いた憶えがあった。それは室町時代の貿易船ではないか、それでは朱印船とは異なる貿易船だったのか、と問詰められると無言になってしまう。
 受付で貰った天龍寺の栞によれば、
 「永く中国との貿易を再開して、その利益を建立資金とした夢窓国師の、この造天龍寺船(ぞうてんりゅうじせん)による貿易事業は、その後室町時代を通して行われた」
 天龍寺船の貿易によって天龍寺建設資金を捻出した訳である。寺院といえども経済的な裏付けがなければ維持出来なかった。それでも我々からみれば左団扇の事業だ。
 一方天龍寺には過酷な運命が待受けていた。左団扇な日常許りではなかったのである。
 天龍寺は応仁の乱を始めとし、八回軍馬に踏荒らされ堂宇を焼亡した歴史的事実がある。寺院は大きく広がっているため居住面積が広い。そのため一度戦が始れば一方の本陣として使われる。負戦ともなれば堂宇のことごとくを焼尽くされることが常であった。
天龍寺築地塀 天龍寺築地塀
 
 
 
 ここで話を築地塀に戻す。戦乱の時代、戦いの後焼き尽くされた堂宇の再建をしなければならなかった。資金的事情あるいは技術的事情、工程的事情からスムーズな日程では建設は進まなかったのが常であった、と思われる。
 物騒な時代、盗賊やホームレスの定着を防ぐため、まずは境内の囲いである築地塀の建設に着手した。潤沢な資金、あるいは豊富な工事材料が手に入れば別であるが、それらがないのが通常だ。
 戦乱の後、山内一面に堂宇の甍を飾っていた瓦が散乱しているのを見、ある若い左官職人が、
 「沢山瓦あるなあー。土壁材料はなかなか搬入されないし塀に瓦を埋め込んだら・・・」
 と職人は呟いた。底部の土壁を塗り終わってから職人は瓦を土壁の上に敷き並べ始めた。職人は二段三段と作業を進めた。築地塀の土壁が乾かないうちに、全ての築地塀を積み上げてしまえば瓦と土壁の荷重で壁が孕んでしまう。職人は二三日、間をあけ四段五段と積み上げていった。
 二十を僅かに越えた若い職人、涼しげな目元に利発な顔立ちを浮べた職人の黒髪には少しばかり白いものが混じっている。若い左官職人は物心が付いた頃から親方である父親について修業していた。名は火炎といった。二尊院の築地塀の修復工事に忙しい親方が久し振りに天龍寺に来た。親方は銀鼠色に筋を引いた築地塀を見、
 「火炎、これは面白い、この方式で慈済院の塀を纏め上げてみろ」
 火炎の奇想天外なデザイン感覚に親方は感心した。
 「実は、なんて云われるか心配だった」
 照れくさそうに斜め横を見、火炎は頭を掻いた。
 一年後、兄弟子達は親方の指示の元、舟にあけた壁土を相方(あいかた)と二人でシャベルで練っていた。一方、火炎は黙々と平瓦を土壁に載せていた。何気なく火炎は辺に散らばっていた軒丸瓦を拾い上げた。
 「この軒丸瓦は面白いかも知れない」
 と火炎は呟き、拾い上げた軒丸瓦を土壁に埋込んでみた。規則的に水平に延びた銀鼠色の筋が軒丸瓦で断たれ土壁に緊張感が生れた。
 火炎は予想外の効果に頬を細めた。気分を良くし今度は花びらの形をした化粧瓦を拾い上げ土壁に押さえつけてみた。化粧瓦は土壁から飛出、陰影を濃くしていた。そんな作業を火炎は繰返した。
 単純に繰返された横筋に忘れたように異種の瓦が埋込まれている意外性、そこに新鮮な輝きが生れ、空間に緊張感を醸し出す、と火炎は考えた。
 目を光らせながら仕事の進行状況を見に来た親方が、火炎が作業する土壁の前に立った。
 「この変った軒丸瓦は、火炎お前が嵌め込んだのか」
 親方は水平な筋が断たれ、軒丸瓦が埋込まれた土壁を見据えた。
 「変ったことをやりたくて軒丸瓦を嵌め込んでみたんだが・・・」
 「面白いかも知れない・・・」
 土壁を見詰めていた親方はぽつり、と呟いた。一見、平静に見えた親方は、生き生きと眼前に繰広げられた土壁に強い衝撃を受けていた。
 
 方丈に廻された広縁は書院の広縁に続く。広縁は簀子を敷き並べた渡廊下に繋がり、先方に立つ多宝殿に至る。渡廊下には切妻型の屋根が架けられ屈曲して延びる。渡廊下はかなりの長さ、名のある草花なのであろうか下草が繁った中を分け入っている。
 下草は青々と葉を広げ瑞々しい輝きを現す。草花の葉の間を縫って細い筋が光っていた。細い流れは陽光を反射させ、せせらぎの音を響かせている。渡廊下であるため当然、戸は立っていない、吹きさらしである。下草を包む空気を貫入し自然に溶け込んでいる。萌黄色に燃立った下草に同化するように古風な茶室が渡廊下の向うにひっそりと立つ。
 渡廊下が屈曲した隅部に立ち振返った。ウエストポーチのチャックを右に引き、中から小スケッチブックと筆ペンを取りだした。下草を分け入った渡廊下に視線をやった。右手に筆ペンを挟み、思い付くまま燕の飛翔の如く先方に連なる渡廊下をキャンソン紙に滑らせた。屈曲して折れ曲った廊下を支える柱が重なり、柱間に青葉が広がる光景に眩暈を憶えた。
 この渡廊下の目的は方丈、書院と多宝殿を連結する機能的な役目にあるには違いない。結果として連結された各堂宇は互いに好く響きっている。多宝殿には後醍醐天皇の尊像が祀られ、堂宇の北端に一つだけ寂しげに立つ。
 方丈から玄関に出、靴を履き替えて庭に足を進めた。方丈裏手から曹源池の汀、方丈の角に出た。方丈に沿った広縁下に立った。曹源池の水面は鏡のように滑らかに、満々と水を湛えている。汀に突出た石組は燻し銀のように寂びた色合を現し水面に同化している。
 正面に方丈の柿葺になった大屋根が、青々と澄渡った空を切取っていた。水面、石組、柿葺の大屋根は萌黄色に華やいだ樹々の枝葉に包まれる。この空間は曖昧で自然に埋没しているような光景だ。このような光景は描きにくい、それでもキャンソン紙のスケッチブックを左手に持替え一気に筆を走らせた。躊躇わず思うがまま、手が走るまま描き上げた。
 方丈前面、曹源池との透間に自然な形態で広がる洲浜に足を進めた。洲浜は書院広縁で左方に折れ多宝殿に繋がる。散策路はその辺から樹々が立上がる林に入る。樹々の樹幹の間に躑躅が紅色の花を広げている。
 対岸に見える方丈の甍が陽を浴び鈍色の輝きを放つ。小暗い林と、陽を燦々と受けた対岸、それは陰と陽あるいは表と裏の空間を感じさせる。曹源池を回遊する散策路を一巡りし、再び方丈前面に広がった洲浜に戻った。
 庭から散策路を樹間を通って天龍寺から嵯峨野の竹林に抜ける北門に出ることが出来る。今通ってきた散策路の道筋に分れ道があった。分れ道の一方は北門に至る、と案内板が立っていた。陽の洲浜より陰の小暗い林が歩きたい。
 再び小暗い林に足を進め、分れ道を左方に上った。心地よい山道が続き、少しずつ標高が高くなってきた。
 中腹から振返った。下方に天龍寺の堂宇が点在し、萌黄色に染まった若葉の海に甍の波が覗き、鈍色の輝きを放っていた。
 視線を上げればモノトーンになった京都市街が望め、モノトーンの世界はペインズグレイに染まった遙かな山端に溶け込んでいた。東方の山端は比叡の山並に違いない。この辺から立ち止って山並を眺めやる散策者の数が増えてきた。
 北門近辺は雑然と広がり、今までの風景とは異なり違和感を憶えた。北門の左方に受付が立つ。此処を抜け竹林の道を通って南北に走る嵯峨野小径に抜けられるらしい。
 北門の向うは一際、薄闇に包まれる。陽が燦々と降注いでいた曹源池が華やかな虚構の世界だったのでは、と錯覚に陥りそうなほど薄闇のベールに覆われている。落差が深いだけに道の両側に林立する竹林に神秘的な感慨を憶えた。
 
 竹林の小径に足を進めた。小径は突き当り左方に折れた。細い小径は何処までも延びる。小径の両側に立上がる竹林は背が高い、それだけに小径は一層細く延びているような感覚に囚われる。
 反対側から一組のカップルが歩いてきた。一見、カップルの空間としては理想的な場のような気がしないでもない。けれども場の設定が余りに出来過ぎているため、かえって不自然な印象を憶えた。カップルは竹林の寂びた空間に圧倒され、ぎごちない表情に作り笑いを浮べていた。
 空間に圧倒されては、と思いウエストポーチのチャックを右に引き、中から小スケッチブックと筆ペンを取りだした。薄墨に染まった竹林の小径を思うがまま、一気に筆を走らせた。
 小径の両端には竹製の垣根が連なる。垣根の構造は上下に二本づつ真竹を横に伸し、二本の真竹の隙間に孟宗竹の笹を上から差込んである。この構造については過日、同じ種類の垣根作業に出会した事があったので詳しい。垣根作業中の際には青々とした竹を使用していたが、此処では年月が経っていたためか薄茶色に枯れたものであった。
 先に進むにつれ予想外に散策者の数が増えた。若者、中高年、年輩者と散策者の年齢層はバラエティーに富む。程なく小径はT字路に突き当った。そこは小径の土手が崩れかかり茶色い土が剥き出ていた。右方に折れていく散策者が殆どだ。その際私も右に折れて進んだ。
 歩いて直、大河内山荘への入口があった。俳優の山荘などにはそれ程興味は無かった。ある時友人に大河内山荘は個人の山荘にしては凝った造らしいよ、と云われ時間が許せば訪れようと思っていた。
 竹林の小径を散策者が流れる方向に足を進めた。程なく明るく開けた前方に橋が見えた。橋上から見下ろした。眼下に可愛らしい線路が二筋の航跡を描いていた。視線の先に小さなプラットホームが白く輝いていた。丹波亀山まで走る嵯峨野観光鉄道、トロッコ嵐山駅だ。
 橋を過ぎ弧を描いた坂道を下った。四五人の散策者がソフトクリームを手に楽しそうにしていた。背には自動販売機のカラフルな色合があった。駅舎の広場から左方に平坦な小径が延びる。小径を行交う散策者の足の運びはゆっくりとし、穏やかな空気が小径に漂っている。
 この小径は常寂光寺、落柿舎、二尊院へと繋がる嵯峨野の南北の幹線小径である。小径の周辺には樹々が疎らに立上がり、左方は大きくひらけ溜池のような池が、深緑色をした水を湛えていた。時間が静止したように静かな空気が流れ、水面には背に控える小山の緑を映していた。
 小倉池の対岸小倉山の麓に、可愛らしい祠が佇んでいることが遠目にも分かる。畦道のような道が祠に至る。角に祠の説明が記された案内板が立つ、けれども立ち止って読む人もいない。祠の名は御髪神社、池に沿った道に足を踏み入れる散策者は誰もいない。道には忘れ去られたような嵯峨野の空気が流れる。
 小倉池に沿った小径の中間辺、三脚を立て大きな望遠レンズを取付けたカメラを池の方向に構える男がいた。男は四〇を少し越えた歳だろうか、つば付きの帽子を被り子椅子に腰を下ろしていた。
 「何の写真を撮っているんですか」
 「カワセミが時々来るんで・・・ほら彼処にみえるでしょう」
 男の掌の先に視線をやった。池の中央に打たれた木杭が水面から覗いていた。その先端、鮮かな紫色の羽がキラッと瞬間光った。木杭の先端でカワセミが羽を休めていた。カワセミは尾を上下させきびきびした動作だ。そうこうするうちにカワセミは水面を滑空し、隣に打たれた木杭に飛立った。男はレンズを向ける間もない。
 「ああー速いなー」
 男は機敏に動いた。男の動作より速くカワセミは水面を滑空し視界から消えた。
 「あの枝の先にいるでしょう」
 男が指差した先、池畔から立上がった細い木が水面に枝を差掛けていた。枝の先に小さく光って動く物体が見えた。
 「カワセミは浮上がってきた小魚を狙っているんだよ」
 そう云いながら男は其方にレンズを向け直した。カワセミが枝に止っていたのはほんの僅かな時間で、男がシャッターを切る間もなくどこかに飛立ってしまった。
 男は残念そうな表情で対岸の山を見詰めた。対岸の山裾は若葉が萌黄色に燃立っている。処々、薄紫色に棚引いていた。
 「あれは自然の藤の花ですよ。今年はそれ程ではないが、昨年は素晴しい景色だったよ」
 男が指差した先、薄紫色に染まった藤花が忘れたように浮んでいた。
 「あれは藤花でしたか、ああいう花が咲く樹かと思いました」
 突然、男が小椅子から立上り、
 「シッシッ・・・」
  池際の藪から何かが出てきた。男は傍らにあった棒切れを右手に掴んで地面を叩いた。棒の先を黒色のひょろひょろした蛇が素速く走り抜けて行った。男は棒切れで数回叩いた。蛇は明るくひらけた反対側の土手の繁みに消えた。
 「ああー逃げられてしまった。蛇が出るとカワセミが池に寄ってこなくなって、あの蛇は赤楝蛇ですよ。赤楝蛇でも人が襲われ噛みつかれれば死ぬことがありますよ」
 赤楝蛇に噛みつかれても死ぬことはない、と思いながら男の話に耳を傾けた。男と私の背を柔らかな春の陽が差し、幾人もの人が通り過ぎて行った。
        
2 嵯峨野ー天龍寺から常寂光寺・落柿舎へ-スケッチギャラリーへつづく
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