大和路ー光と影 3
喜蔵院への道

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吉野金峯山寺蔵王堂から大台ヶ原・大杉谷へ5
五 大台ヶ原・大杉谷へ三
おすすめサイト
YKギャラリー
YKギャラリーにおいて作者山口佳延による京都・大和路等のスケッチが展示されています。但し不定期。




 
 
 
 
 
平等ー 千尋滝
ニコニコ滝 桃の木小屋
大和路インデックス  
大和ー光と影1
一 西の京一―薬師寺・唐招提寺・垂仁天皇陵
二 当尾の里―浄瑠璃寺・岩船寺
三 斑鳩の里一―慈光院・法起寺・法輪寺・法隆寺
四 桜井から飛鳥へ―安倍文殊院・飛鳥寺・岡寺
五 斑鳩の里二―法隆寺
六 今井町から当麻寺へ
七 西の京二―西大寺・秋篠寺から東大寺へ
八 聖林寺から談山神社へ
九 山辺の道―大神神社・桧原神社・玄賓庵
十 室生寺
十一 長谷寺
十二 興福寺・奈良町

大和ー光と影2
一 吉野・金峯山寺蔵王堂
二 飛鳥一―飛鳥より八釣部落へ
三 甘樫丘
四 山辺の道二―崇神天皇陵・長岳寺・三昧田
五 五条―旧紀州街道
六 東大寺から浮見堂へ
七 壷坂寺八
八二上山から当麻寺へ
九 山辺の道三ー長柄から天理へ
十 大和郡山城
十一 生駒聖天・宝山寺
十二 滝坂の道から柳生の里へ
十三 信貴山朝護孫子寺
大和ー光と影3
1吉野金峯山寺蔵王堂から大台ヶ原へ1
2吉野金峯山寺蔵王堂から大台ヶ原へ2
3吉野金峯山寺蔵王堂から大台ヶ原へ3
4吉野金峯山寺蔵王堂から大台ヶ原へ4
5吉野金峯山寺蔵王堂から大台ヶ原へ5
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古都ー光と影・関連サイト  
読後感想
山口佳延写生風景
絵と文 建築家・山口佳延
 

 
吉野金峯山寺蔵王堂から大台ヶ原・大杉谷へ5
五 大台ヶ原・大杉谷へ三
 いよいよ今回の山行も、大杉谷を宮川乗船場まで歩いて終りだ。肇による予定表では、桃の木山の家を七時に出、ニコニコ滝、千尋滝を通って十二時には宮川乗船場に着く予定だ。
 七時よりかなり早く目覚めた。昨日の夕暮、吊橋からの桃の木山の家の素晴しい光景が眼に浮んだ。腰にウエストポーチを巻付けてスケッチブックを小脇に抱え小屋の玄関のガラス戸を右に引いた。
吊橋が玄関前の溜りから、大杉谷の対岸に向け真直に伸びていた。躊躇いもなく其方に向った。春とはいえひんやりとした冷気が、深い谷から流れ頬を撫でた。吊橋の木床を滑らないように注意深く足を進めた。
 吊橋の中央で振返った。昨日と同じ光景が朝靄の中に浮んでいた。昨日の方が内部から橙色の灯が洩れ印象的な眺めだった。
 それでも桃の木山の家に対しスケッチブックを構えた。デッサンが終わりかけた頃、ツアー登山のひとり竹中が小屋の方から、吊橋を此方に向ってきた。擦れ違いざまに軽く頭を下げた。親しげに話したりすれば、神経が集中できず散漫なスケッチになってしまう。
竹中は僅かに頬を緩ませ、無言で傍らを通り過ぎ対岸に歩いて行った。
数日後、竹中に大杉谷で描いたハガキ絵を送った。それから二週間位して竹中から大杉谷の綺麗な写真が届いた。旅先で出会った人でもハガキを出しても返事も寄こさない人もいる。竹中は見るからに生真面目な印象の男で飾らないである。
デッサンが上がり、吊橋のしっとりと濡れた木床にスケッチブックを置き、ウエストポーチのチャックを右に引きヴァンゴッホの水彩絵具と筆を引張り出した。軽いタッチで桃の木山の家に薄茶色を載せ、屋根にはくすんだ朱色を走らせた。
一心不乱に描くうちに朝食の時刻になった。スケッチブックをたたんで吊橋を小屋の方向に足を進めた。玄関近辺には既に大勢の登山客が並んでいた。
 平八郎と肇が右手を上げ、
 「おおー朝飯だよー」
 またか、と云った表情で視線を投げてきた。
 今日は雨には降られそうもない空模様だ。七時半桃の木山の家を後にし、吊橋を進んだ。既にツアー登山者を含め数十人の登山客が先発して行った。
 大杉谷右岸をしばらく歩いて行くと、左方に岩山が、一際高く聳え立っていた。平等ーだ(びょうどうぐら)。平等ーは朝陽を浴びて鈍色に輝きを放ち、眩しい程に毅然としていた。
 てかてかと輝く岩肌の彼方此方には、樹々の枝葉が萌黄色に燃立ち、きらきらと陽光を反射させていた。それは鈍色の岩と好く響き合っていた。
 
 しばらくして皮膜になった水が、岩肌を滑るように流れ水飛沫をあげていた。ニコニコ滝だ。昨日見た滝のように流れの両脇には岸壁が剥き出、岸壁を包込むように新緑で瑞々しい若葉がその枝葉を差掛けていた。
 この辺で先発の団体を追抜いた。昨晩、桃の木山の家で酒を酌み交した竹中のグループだ。久留米医大病院の先生はどの人か直に解った。そのほか幾人かは見覚えのある顔だった。
おそらくシシ淵に違いない、と思う神秘的な谷筋に出た。谷筋の流れにふたつの巨岩が相対して座り、狭間をつくり出していた。
外部は底抜けに明るく輝いていたが、巨岩の狭間は小暗く幽暗な空間だ。巨岩の表面を紙のように薄い苔が被い、底には流れが澱んでいた。流れは苔に包まれた巨岩を映し流れに入ったとすれば、二度と地上には戻れないのでは、と不気味な錯覚に陥った。
シシ淵近辺では、流れの際を登山道が走り、その光景を手に取るように認識できる。大杉谷での最後のベストポイントかも知れない。
ハガキ大の小スケッチブックは、ページの余りが既に使い果してない。やむを得ずー株式会社アポロTEL03(3648)8481ーと印刷されたスケッチブックのカバーに、この光景を描いた。
この近辺では、大杉谷の流れを眼と鼻の先に見て進んだ。尚も進んで行くと、流れは谷深くに切れ込んでいき、遙かに深く水面が白く輝いていた。
水面の輝きが見えなくなった辺りの四阿で、人集りがあった。狭い四阿に数人のハイカーがひしめき合っていた。
「千尋(せんひろ)滝じゃないかなー」
肇が呟いた。肇が指差した先に水飛沫が上がり、樹々の広げた枝葉から千尋滝が覗いていた。遠望する四阿近辺にも樹々が枝葉を伸ばしているため、四阿の先端に出なければ滝の全体を捉えることができない。
先客のハイカーは桃の木山の家で同宿だったパーティーだ。彼等のパーティーはふたつに別れ、今此処にいる人達は、健脚なのであろう。後続の部隊は視界の外である。
狭い四阿であったが、大杉谷での最後のスケッチ、と思い筆ペンをウエストポーチから引き抜き、キャップを外して口に銜えた。千尋滝に視線を据え、一気に筆を走らせた。
パーティーの中に広島のさよ子がいた。
「あーこんにちは、スケッチ出来ましたか。見せてくれませんか」
さよ子は人懐っこく、顔を緩ませて云った。
「見せてやったら」
傍らに立つ肇が云った。さよ子の前ににスケッチブックを差し出した。さよ子はパラパラとスケッチブックを捲った。もともと味わいながら見ている時間的余裕などは、さよ子にもない。
さよ子は直ぐにスケッチブックを帰して呉れた。それからパーティーに先行し、千尋滝を後にした。いくつか吊橋を渡り林道に出た。
これで今回の山行は終わった、と人間の手が色濃く現れた林道を歩いて思った。暫く進むと、先方にマイクロバスが停まっていた。上屋の付いた休憩所に、胡散臭い男が三人、タバコを薫らせていた。そのうちのひとりの男が、
「松坂駅まで行くが、乗らないか。直行で駅まで行くよ。おたくら三人、あと二人客が来たら発つよ」
肇の計算によれば、宮川乗船場からの船賃と松坂駅までのバス代を考えれば、胡散臭い男の云っている料金はそう高くはないらしい。平八郎と肇、筆者三人で相談した結果、男の話に乗ることにした。
この辺りから都会の喧噪を感じ始めた。大杉谷の巨大な岸壁が陽炎のようにマイクロバスの車窓に立ち上った。
そこには日本的な曖昧さは見えず、明確なラインが引かれていた。ひとりの人間がどんなに足掻いたところで、それを覆す(くつがえ)ことは難しい。
それはハレとケの空間なのであろうか。淡々としたケの空間から解き放たれ、一瞬のハレの空間に迷い込んでいたのだろうか。
ハレからケの空間へ、そしてケからハレの空間へ緩やかな変位をもって対処すれば、空間の断絶はかなり緩和されるに違いない。  
 
シシ淵 隠滝近傍
 
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